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舞ちゃん失踪前後の一連の記録

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考察No.71


銭形平次


1997年7月18日にテレビ放送された「金曜エンタテイメント」あの未解決事件を追え!超ミステリー事件簿~緊急!列島大捜査線~で、舞ちゃん失踪について取り上げられた。

その中のVTRで祖父母がカラオケスナックへ行くときの状況を証言していたのだが、その内容を見て頂きたい。

祖母「もうみんな従業員も寝だし、2階も寝だがら、しばらぐ行ってないがら、カラオケに行ってくっがってごどになったのない」

祖母「支度して、そしてタクシー呼んで、出でったんですよ」

祖母「9時半頃がね?大体行ったの」(祖父を見ながら)

祖父「9時まで、あれ、あの…」

祖母「みでだんだがら、ねっ」


まず、従業員とはK青年のことを指していると思われる。また、カラオケに行くのが久しぶりだったこともうかがい知ることができる。

その後、祖母が祖父に確認を取るように「9時半頃がね?」と、外出した時刻を証言するのだか、

それに対し、祖父が「9時まで、あれ、あの…」と、9時半頃に外出したことを裏付ける証言をしようとしていたと考えられる。

ところが、祖父がまだ言い終えぬうちに、祖母が「みでだんだがら、ねっ」といきなり被せてくるシーンが印象的だった。

要するに祖父が話にもたついた瞬間、話の先が読めてしまった祖母が割り込んじゃったパターンである。

話をつなげると
「9時までみでだんだがら、ねっ」
となる。

祖父母は9時まで何をみていたのか?

これはやはりテレビ番組で間違いないだろうと思い、1991年7月24日のPM9時まで放送していた番組を確認してみた。福島県だと7番組が該当し、その中で祖父母がみてそうなものだけに絞ると、「プロ野球中継」と「銭形平次」に絞ることができた。

しかし、プロ野球中継は延長戦に突入したため、延長放送となり試合終了は21時50分頃だったことが判明。よって、祖父母がみていたのは「銭形平次」だった可能性が高いと推測できた。

ちなみに、その回の銭形平次のタイトルが奇しくも「証言の秘密」であった。


<あらすじ>
金貸しの喜兵衛が殺され、職人の仙吉が疑われる。仙吉は犯行時間には小料理屋「松月」にいたと言いはるが、愛人でもある女主人おふさはこれを否定する。ところが屋台のそば屋が、小料理屋にいる仙吉を見たと証言。問い詰められたおふさは「仙吉がお縄になれば手を切れると思った」と白状する。銭形平次(北大路欣也)は、犯人は仙吉で、おふさとそば屋の三人がグルで奉行所をだましているのだと直感した。おふさには偽証の罪がかかるが、事件は迷宮入りとなるからだ。


祖父がカラオケスナックで銭形平次の主題歌を唄ったかどうかが気になるところである。

考察No.70


地元広報誌


事件のちょうど1年前、舞ちゃんが地元広報誌の表紙を飾った。

学校のプール授業でのワンショットだろうか。水着姿の舞ちゃんがカメラに向かってあどけない笑顔を見せている。

水泳キャップと水着に「○年○組いしいまい」と書かれた布が縫い付けてあり、写真の下には「船引小にて」と記してある。

現在では「プライバシーがー」「個人情報保護法や肖像権がー」などと騒がれ、特に子供に関しては防犯上の理由などから問題視される時代になった

しかし当時は個人情報の取り扱いが緩く、不特定多数が目にする広報誌に個人を特定できる情報があっても特段問題にはならなかった。インターネットがまだ普及しておらず、広報誌で情報を得る人が比較的多かったはずで、それだけ舞ちゃんのことが世間の目に晒されたことになる。

仮に、広報誌を見た水着フェティシズムペドフィリアが舞ちゃんに目をつけていたとしたら・・・

考えすぎだろうか。

kouhoushi-01a.jpg

考察No.69


担任の先生


舞ちゃんのクラス担任は女性の教諭であった。

「舞ちゃんは利発で明るい子。友達にも好かれていた」
「早く無事に見つかってほしい」

と祈るように語っていた。


考察No.68


いたずら電話


事件発生から7ヶ月が過ぎ、警察の捜査は難航して、情報も少ないことから自宅に舞ちゃんに関する情報を受け付ける電話ホットラインを設置した。

どんな些細なことでも、舞ちゃんにつながる情報を寄せてがほしかったのだが、世の中には石井さんたちの神経を逆撫でするような心無いいたずら電話を仕掛けてくる不届き者もいた。

人の弱みにつけこむいかがわしい宗教の勧誘が後を絶たたず、初めのうちは応対をしていたものの、さすがに度重なるしつこい勧誘に「うちは結構です」と断ると、「呪われろ!」と怒鳴られたこともあったという。

「舞ちゃんの遺体が埋まっている場所がわかる」という匿名電話もあり、実際に賢一さんは示された場所を掘り起こしたこともあった。

無言電話や「お母さーん……」と、子供の声を真似したもの、受話器をバンバンとどこかにぶつけるような音のつづくもの。同一人物からのいたずら電話と思われるものが毎日数十回もつづいたときには、相手を特定することができず困りはて、電話が鳴るたびに身のすくむような思いをしたという。


考察No.67



捜索動員人数の推移
※カッコ内は前年比


1991年7月25日捜索開始
専従捜査員70人体制

1991年8月22日時点
専従捜査員40人体制

1991年8月24日時点
専従捜査員30人体制

1992年7月24日時点
専従捜査員18人体制
警察投入:合計約9280
聞き込み:合計約25860

1993年7月24日時点
専従捜査員18人体制
警察投入:合計約13000人(+3720)
聞き込み:合計約37000人(+11140)
情報提供:合計77

1994年7月24日時点
専従捜査員10人体制(-8)
警察投入:合計約14500人(+1500)
聞き込み:合計約38800人(+1800)
情報提供:合計87件(+10)


1995年7月24日時点
専従捜査員6人体制(-4)
警察投入:合計約15500人(+1000)
聞き込み:合計約39800人(+1000)
情報提供:合計122件(+35)


1996年7月24日時点
専従捜査員6人体制(±0)
警察投入:合計約17400人(+215)
聞き込み:合計約40000人(+200)
情報提供:合計130件(+8)

1997年7月24日時点
専従捜査員7人体制(+1)
警察投入:合計約18200人(+800)
聞き込み:合計約40600人(+600)
情報提供:合計170件(+40)

1998年7月24日時点
専従捜査員7人体制(±0)
警察投入:合計約20000人(+1800)
聞き込み:合計約41100人(+500)
情報提供:合計182件(+12)

1999年7月24日時点
専従捜査員7人体制(±0)
警察投入:合計約21700人(+1700)
聞き込み:合計約41600人(+500)
情報提供:合計189件(+7)

2000年7月24日時点
専従捜査員7人体制(±0)
警察投入:合計約23500人(+1800)
聞き込み:合計約42000人(+400)
情報提供:合計194件(+5)

2001年7月24日時点
専従捜査員7人体制(±0)
警察投入:合計約25200人(+1700)
聞き込み:合計約42000人以上
情報提供:合計197件(+3)

2002年7月24日時点
専従捜査員0人(-7)
警察投入:合計約27000人(+1800)
聞き込み:合計約42000人以上
情報提供:合計198件(+1)

2003年7月24日時点
専従捜査員0人(±0)
警察投入:合計約28000人(+1000)
聞き込み:合計約42000人以上
情報提供:合計198