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考察No.38



タオルケット


舞ちゃんがいなくなったベッドの足元にタオルケットが丸まっていたと言われている。

これは何を表しているのだろうか。

単に、暑くなって蹴飛ばしただけなのか。

それとも

何者かが、連れ去る際にタオルケットを剥いだのか。

前者かな。

もし、これが冬だったら連れ去るのは容易ではなかったと思われる。

掛け布団や毛布があり、手数がかかるから。
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考察No.37



心労のヨシ子さん


有力な手掛かりを得られないまま、事件発生から1年が経っていたが、舞ちゃんの母ヨシ子さんは福島県内の駅前などで情報提供を呼び掛け続けていた。

マスコミがその模様を取り上げたことがあったが、その伝え方がなんとも言えない感じであったのを覚えている。

内容はこんな感じだったと思う。

『Tシャツにジーパンとスニーカーのラフな格好で無造作に後ろでしばった髪型。小さな声で「すみません」といいながら通行人にチラシを配布し、愛娘の情報提供を懸命に呼び掛けるヨシ子さん。心労の日々が続いている』

痛ましい表現というかなんというか。今では考えられない報道内容である。

考察No.36



事件発生時に開催されていた船引町主催の行事


舞ちゃんが失踪した日と同じ1991年7月24日から25日にかけて、船引町教育委員会主催の「子供会リーダー講習会」が郡山少年自然の家で開催されていた。

郡山少年自然の家は、舞ちゃんの家から約35km離れた郡山市逢瀬町にあり、船引町内の小学校と中学校から145人が参加。ジュニアリーダー養成の一貫として、キャンプファイヤーやウォークラリー等の野外活動を体験した。

ということは、24から25日にかけて少なくとも145人+1人の船引っ子が自宅に居らず、その時ばかりは船引町内の子供人口が急激に減少していたことになる。
久し振りの仮想新婚生活を満喫したご夫婦もいたかもしれない。
「10ヶ月後の出生率が上昇した!」なんて事実があったとかなかったとか(笑)

冗談はさておき、
もしも舞ちゃんがこの講習会に参加していたら事件は起こらなかった。
しかも活動を通じて、規律、協同、友愛の心情や連帯感を深め、明日を担うジュニアリーダーとして、一回り成長した舞ちゃんの姿があったはずである。

考察No.35



プール遊び


舞ちゃんは24日の昼間プール遊びをしていた。

「プール遊び」というのは、家庭用のビニールプールで水遊びをすることだと思われる。

泊まりに来ていた友達や弟たちとプール遊びをしていたのだろうか。
みんなでワイワイ大はしゃぎして楽しそうな舞ちゃんの笑顔が想像できる。

そして夕方はKとテレビゲームをして遊んだ。
ファミコンかスーパーファミコンだろうか。
ちなみにその時点でスーパーファミコンのソフトは26タイトルが発売されている。
どうでもいいかもしれないが、その中で私がハマったソフトを紹介しよう。
◆F-ZERO(1990年11月発売)
◆ファイナルファイト(1990年12月発売)
◆シムシティ(1991年4月発売)
である。

本題にもどるが、
水遊び、テレビゲームなど一日中友達と一緒に過ごし、舞ちゃんはいつも以上に疲れていただろう。当然その夜はぐっすりと深い眠りについていたに違いない。

お子さんがいる方はわかると思うが、基本的に寝ている子供(小学校低学年程度まで)を抱きかかえて起こさずに移動させるのは、意外と難しくない。仮に目を覚ましても寝ぼけていることが多い。当時の舞ちゃんは遊び疲れてかなり熟睡モードだったと考えられるので尚更である。