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真夜中に自宅寝室から消えた少女

船引町における女子小学生行方不明事案(石井舞ちゃん失踪事件)
(平成3年)1991年8月24日から25日未明になにが起こったのか!?
素人なりに様々な角度から推測・推察していきたいと思います。
拙い文章ですが、内容を足したり、書き換えたりしながら更新していきます。
どんな些細なことでもいいので情報をください。
間違っている箇所、反論等があれば何なりとご指摘ください。

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考察No.80



福島小野町主婦殺人事件

  • この事件も舞ちゃん事件との関係性はないが、隣町で発生した未解決事件ということで紹介することにします。




1997年7月22日午後0時5分ごろ、小野町上羽出庭の住宅で、この家に住む吉田道子さん(49)が寝室で多量の血を流して死亡しているのを、道子さんの知人の通報で駆けつけた警察官が見つけた。警察は殺人事件と断定し、同日午後9時、捜査本部を設置。物盗りと怨恨の両面で捜査が行われた。

【事件】
道子さんの遺体が見つかったのは21日午後0時5分ごろ。アルバイトの山仕事仲間で町内に住む男性(66)が19日以降、道子さんと電話連絡が取れないため警察に通報。駆けつけた警察官が、寝室のベッドわきでシャツにズボンの普段着姿のままうつぶせになり、血を流して死んでいる道子さんを発見した。

【現場】
道子さんの遺体には布団2枚がかぶせられ、のどや両手首に鋭利な刃物で切られた深い傷跡があった。ベッドのシーツには血のりが付いた足跡が二つ残されていた。
自宅から包丁と小刀合わせて4本が見つかったが、傷口の状況から凶器ではないことがわかった。遺体を引きずった跡がないことなどから、犯行現場は寝室とほぼ断定した。
解剖結果から胃に米粒などが消化されずに残っていたこともあり、道子さんは18日夜から19日にかけて帰宅後間もなく殺害されたとみられる。

【生活】
道子さんの夫(57)や子供5人は出稼ぎなどで別に生活しており、道子さんは一人暮らしだった。10年前ほどから栃木県内に出稼ぎに出ている夫からの仕送りで生計を立て、殺害される直前にも現金書留で6万円の送金を受け取っていた。生活費が足りなくなると山林の下草刈りなどのアルバイトをしていたという。
道子さんは山仕事仲間の付き合いのほか、小野町の中心地の飲食店にカラオケに出掛けるなど交友関係は広かった。知人の車に同乗して隣接の滝根町やいわき市、平田村などに遊びに行くこともあった。自宅に出入りしていた知人も数人いた。しかし、近所との付き合いがあまりなかったという。
道子さんは金銭面などで知人と口論となったことを遺体で発見される数日前、別の知人に漏らしていた。
遺体発見当時、玄関のカギはあいていたが、道子さんは普段からカギをかけずに生活していたという。

【捜査】
捜査本部は山間地にある自宅周辺の現場検証や小野町を中心に田村郡やいわき市、郡山市、石川郡などでの聞き込み捜査、関係者の洗い出しなどを実施したが、一人暮らしの“壁”もあって犯人に直接結びつくような有力な情報は得られなかった。
捜査のカギの一つになっていた凶器も発見に至らなかった。
殺害現場となった寝室には、犯人が残したとみられる手や足の痕跡が見つかった。指紋を多数検出したが、道子さん以外に比較的、新しいものはなく、犯人が指紋を残さないため、手袋のようなものを使った可能性がある。
ベッドのシーツに複数あった血のりの足跡は同一で、犯人のものとほぼ断定した。
道子さんはのどを深く切り付けられた傷により即死状態で、抵抗した形跡がなかった。このため、道子さんは就寝中か、不意を突かれた可能性が高い。
犯行日時は当初、18日夜から19日未明とみられていたが、18日夜に知人宅にいたことを確認。その後も道子さんを見かけた、との情報などがあり、19日夜から20日未明にかけてとの見方が強い。

【動機】
捜査本部は顔見知りの犯行とみて、道子さんと交友のあった町内外の数十人から繰り返し事情を聴いた。
室内に物色した様子はなく、自宅に道子さんの通帳類が残されていたことなどから、犯人は盗み目的ではなく、最初から道子さんを殺害する動機があったとみられる。

【自宅】
現場は小野町の中心地から南に7、8キロ離れ、平田村といわき市との境界線近く。349号国道から約1キロほど西に入った山間部で、吉田さん宅はポツンとある一軒家。自宅の前には水田が広がり、すぐに裏山が迫っている。
道子さんの無念の死を知り、夫ら遺族は自宅に駆けつけた。父と一緒に働いている長男(26)は「母が殺される理由が全く分からない。早く犯人を捕まえてほしい」と訴えていた。

【証拠品紛失】
2012年12月18日、福島県警は事件の証拠品を紛失していたと発表した。県警は「捜査に影響がないとはいえない。再発防止に努める」とコメント。紛失したのは殺害された道子さんの衣服など多数。
県警は公訴時効の撤廃を受け2011年、未解決事件の証拠品を所轄署から本部に移し捜査を開始。その際、捜査書類には記録が残っているのに見つからない証拠品があることが分かった。保管台帳を作っておらず、一部は廃棄したり、関係者に返却したりしたとみられる。


考察No.79



福島市松川町における主婦殺人事件

  • この事件も舞ちゃん事件との関係性はないが、山岸亜世美さん事件と同様に同じ福島県中通り地方の未解決事件ということで紹介することにします。




1981年5月21日午後2時ころ、福島県福島市松川町の住宅でこの家に住む主婦の斎藤悟子さん(35)が、顔を血だらけにして死んでい
るのを幼稚園から帰宅した長女(5)が見つけ、近くで農作業をしていた男性を通じ警察に通報した。

【現場検証】
悟子さんは東の玄関を入ってすぐ左の南に面した居間で鈍器のようなもので頭や顔など数ヶ所を滅多打ちにされ、仰向けになって死亡していた。
着ていた7分袖のブラウスも血に染まり、遺体近くの絨毯は血の海で、天井にも血が飛び散っているなど犯行の残忍さをみせていた。
遺体の近くにあった壊れたラジカセから悟子さんの血痕と頭髪が検出された。
犯人が室内を歩いた際に出来た悟子さんの血の着いた足跡がいくつか見つかった。
悟子さんが着ていた着衣は乱れておらず、下着などもきちんとしており、遺体に乱暴された跡はなかった。
居間はあまり荒らされておらず物色された形跡はなく、夫からの事情聴取で他の部屋から現金や貴金属などの被害がないこともわかった。
居間の茶ダンスの引き出しが少し開いていたが、中身は荒らされた様子はなかった。
居間の中央に置かれたはずの電気コタツが多少斜めにずれ、コタツの上には悟子さんのものと思われるセブンスターと百円ライター、白い瀬戸物の灰皿があったが、散らばったり壊れてはいなかった。
居間に内職に使用する衣類や道具類がそのままに置かれていた。
頭や顔などを執拗に殴られている割に特段争った形跡があまり見られなかったが、コタツの近くにバラバラになったコーヒーカップが落ちていた。破片を復元した結果、事件当日朝に夫と一緒に飲んだ悟子さんのコーヒーカップとわかった。夫が飲んだコーヒーカップは台所で見つかっており、壊れていなかった。
悟子さんのコーヒーカップがバラバラになっていることについては犯人が投げつけたのか、悟子さんと犯人がもみ合って壊れたかは不明。
台所にあった2枚の布巾からO型の血液と、微量ではあるがA型の血液が検出された。悟子さんの血液型はO型、夫はAB型、長男はA型、長女はB型。現場の状況から、悟子さんと犯人の以外の者の血痕が残っていることは考えられず、犯人は悟子さんをラジカセで殴りつけて争っているうちに、抵抗されるなどしてなんらかの傷を負い出血、布巾に付着した可能性が高い。
犯人が台所の水道で手を洗った形跡があり、台所からタオルがなくなっていることがわかった。犯人が返り血をふくために持っていったものとみられる。
朝食に使った食器類が水につけたままになっていた。
庭に洗濯物や布団が干してあった。
敷地内からタイヤ跡5個、足跡7個、それに家の中から指紋が数十個検出された。この中には家族以外のものも含まれていた。

【解剖結果】
①死因は外傷性クモ膜下出血を伴う多数の損傷による失血死
②傷は後頭部に十数ヶ所、頭頂部に四ヶ所、左顔面に十ヶ所程度の損傷がみられ、右手甲には皮下出血。特に左顔面は頬、鼻、顎の骨が骨折したうえ歯もかなり折れていた。さらに悟子さんの左肋骨一本が折れていた。
③頬骨の付近にはラジカセのスピーカー部分の溝の跡がハッキリと残っていた。
④胃の内容物はなし(悟子さんはいつも朝食をとっていない)
⑤死亡推定時間は21日正午前後

【凶器】
警察内では当初、ラジカセだけではこれだけの損傷を負わせることは無理なのではとの見方もあったが、ラジカセ(東芝製RT-2130型)は重量が2.8キロあるうえ、幅29.5センチ、高さ19.8センチ、奥行き8.3センチでかなり頑丈な物。
現場に残されたラジカセには悟子さんの血痕や頭髪がかなり付着していたほか、取っ手の留め金の部分やダイヤルの部分が犯行に使った時の衝撃でかなり壊れていた。
電機メーカーによると、不良品のラジカセなどを廃棄処分にするためバットで叩いて壊すことがあるが、なかなか壊れないという。このため警察は凶器はラジカセと断定した。
悟子さんの左顔面の傷は犯人がラジカセの取っ手部分を右手で持ち、右から左に殴りつけたとみられる。
頭部の傷についてはラジカセを両手で持って殴った可能性が強い。
左肋骨の骨折は犯人が倒れた悟子さんを足で踏みつけたとみられる。
rt-1320

【動機】
①悟子さんが着ていた着衣に乱れはなく、遺体に乱暴された跡はなかった。
②家の中が物色された形跡もなく、現金などの被害がなかった。
③頭や顔を執拗に何度も殴りつけられていた。

犯人は凶器を用意してきたわけではなく現場にあったラジカセを使っていることから、初めから殺意を持って悟子さん方に来たのではなく悟子さんとの間でなんらかの言い争いがあり、とっさにラジカセを持って犯行に及んだともみられる。
こうしたことから物盗りや痴情の犯行という線は弱くなり、「怨恨による顔見知りの犯行」あるいは「顔見知りによる偶発的な犯行」という線が浮かんだ。警察は交友関係を慎重に捜査したが、悟子さんが恨みを買うようなトラブルは判明しなかった。
行きずりの者の場当たり的な犯行も否定できないが、それならば犯行動機や悟子さんの殺され方の説明がつかない。

【足取り】
悟子さんの行動は、21日午前8時5分ごろ夫の出勤を見送った後、長女を幼稚園に送り出すためバス停に送っていった。そして帰宅したのが午前8時15分から8時半ごろだった。
その後、洗濯などを済ませてから、午前11時すぎに外出した可能性がある。そして帰宅後、ボタン付けの内職をしていた正午前後に何者かによって殺害されたとみられる。

【目撃証言】
午前11時半ごろ、悟子さん宅から東に約500メートルの旧4号国道の商店街で、主婦A子さんが自転車に乗る悟子さんらしい女性を目撃していた。A子さんは自宅2階からチラッと見ただけだったが、「悟子さんは買い物にでも行く途中のようだった。ベージュ色の服を着ていた」と証言した。
A子さんの子供は悟子さんの長男(7)と同学年で悟子さんをよく知っている。
悟子さんが遺体で発見されたときは緑色のブラウスに、空色のスカート姿。悟子さんが外出した際、着ていたと見られるベージュのセーターが居間入り口のドア付近に脱ぎ捨てられており、A子さんの目撃証言は信憑性が高いと判断された。
しかしA子さんが目撃して以降、付近で悟子さんを見たり、会ったという情報は得られず、自宅に買い物をしてきたような品物も発見されなかった。
悟子さんは几帳面な性格で毎日家計簿をつけていたものの家計簿は19日でストップしている。財布にはいつも利用するスーパーで買い物した19日のレシートが入っており、20日以降のはなかった。
悟子さんの性格から買い物ならばその日のレシートが財布にあるはずで、悟子さんは商店に買い物に行ったが目的の物がなかったのでカラ戻りしたとも考えられる。しかし、「買い物先で悟子さんを見かけたのはいつもはほとんどが夕方だった」という近所の主婦の証言も多く、しかも悟子さんは洗濯、布団干しを終えていたにもかかわらず、朝食の食器類は水に入れたままになっていたことから、悟子さんはむしろ別の用件で急用が出来て外出した疑いが強い。しかも簡単な用事であれば電話で済むだけに警察では謎の外出が事件と関連ある可能性があるとみていた。
その後の捜査でこの主婦の近くの商店2店で「事件当日、悟子さんらしい女の人が店に来たが、何も買わないで帰った」との情報が寄せられた。両商店ともA子さん宅から松川町の方向に向かって近い距離にあるうえ、時間も午前11時40分ころとA子さんが目撃した時間とほぼ一致している。ただ、両店とも「悟子さんのようだった・・・」というだけでA子さんのように服装まではハッキリ覚えていない。

【情報提供】
一般市民から情報も寄せられ、事件当日の昼前、悟子さん宅の西約300メートルに住む主婦B子さんから、黒っぽい自転車に乗った不審な男を見たとの情報があった。B子さんの話ではこの男は浅黒い面長な30歳前後。グレーの上下作業着を着ており、同地区では見なれない男で、付近をキョロキョロしながら悟子さん宅の方に向かっていたという。
また、犯行時間とみられる正午前後を中心に約70人の人が車やバイク、徒歩、自転車で悟子さん宅南の市道を通っていたことが判明。これらの中には現場付近の桑畑などで農作業していた近所の十数人も含まれる。いずれも悟子さんが長女を通園バスに見送りに行った21日午前8時半から、110番通報があった午後2時29分ごろまでにこの市道を通行しており、警察は大半の裏付けをとったが5、6人については確認がとれなかった。
このうち現場から西約1キロに住むC子さんが午後0時15分ごろ悟子さんの自宅前を自転車で通過、西へ約100メートル進んだところでふろしき包みを手にした50歳くらいの男の人を追い越し、さらに午後0時半ごろC子さんの自宅前をこの男の人が通過しているのを見たと証言。警察は悟子さんの死亡推定時間に近いことからこれを重視、捜査した結果、この男の人は悟子さん宅から西約6キロに住むDさんとわかり、事情聴取したところ、C子さんに追い越された直後、北側の道路を猛スピードで走る赤い車を見たことがわかった。このため警察はこの情報を基に赤い車も追っていたが、特定に至らなかった。

【女性客】
事件前日の20日に内職用の婦人服を届けるために悟子さん宅に立ち寄った会社員Eさんから「悟子さんのところに女の客が来ていた」という証言が得られた。
Eさんによると午後4時ごろ、悟子さん宅に立ち寄り玄関から悟子さんがいつもいる居間をのぞくとすらりとした女の客が来ていた。悟子さんを呼ぶと居間ではなく玄関の正面の廊下からムッとした表情で悟子さんが現れ、Eさんは「二人の間には気まずい空気が流れているな」と直感したという。年齢は悟子さんと同年配かやや上、着衣は覚えていないという。
悟子さんの夫はEさんが見たという女性について心当たりがなく、その日風疹で幼稚園を休み一日家にいた長女は覚えていなかった。ただ「19日ごろ知らないおばちゃんが来た」と警察に答えている。
警察もこれらの証言を重視、その女性の身元の確認、事件との関連について調べたが、犯人や犯行動機に結びつく手がかりはなく、結局この女性が誰なのか判明しなかった。

【犯人像】
犯人は21日正午前後にカギのかかっていない玄関から侵入(あるいは招かれ)、何らかの理由で居間にいた悟子さんに襲いかかり、近くにあったラジカセで頭や顔を何度も殴りつけ、再び玄関から逃走したとみられる。
悟子さんの顔のうち左顔面だけが原型をとどめないほど乱打されており、頭や顔に二十数ヶ所の傷があるほか、左肋骨も一本折れて足で踏みつけたフシがあるなどの残忍な手口から警察は犯人は右利きのかなり腕力のある男で、悟子さんに恨みを持った者の犯行との見方を強めた。
顔面をメチャクチャに乱打したことから女性の犯行との見方も出来るが、悟子さんに抵抗する隙を与えずラジカセで乱打している状況などから腕力のある右利きの男の怨恨による犯行との見方が強い。
警察の捜査で、犯人は悟子さんを殺害した後、現場(居間)隣の六畳間や奥の四畳半など室内を歩き回り、台所で手を洗っていることが判明している。しかも、居間のサイドボード、六畳間、四畳半のタンスの引き出し合わせて三ヶ所がごくわずかだが開いていた。室内に悟子さんの血の着いた犯人の足跡があったのとルミノール検査で各部屋の畳やタンスなどからハッキリと反応が出た。
また、台所の布巾から悟子さんのO型の血痕に混じって犯人のA型の血痕がわずかだが検出された。犯人は悟子さんをラジカセで殴りつけた際に手に傷を負ったものとみられる。
当初、タンスにあった現金十数万円が無事だったことやタンスなどが開いているだけで物色の跡がないことから、犯人の偽装工作との見方が強かった。しかし、悟子さんの殺害される理由が見当たらないため、警察では物盗りの可能性も十分あると、怨恨、物盗り両面から捜査していた。ただ、物盗りとすれば自宅前に残された急発進のタイヤの痕跡(輪間距離から1600cc以上の車)の説明が難しくなる。
車を自宅前に乗りつけて侵入する物盗りの手口はあまりなく、不自然だし、洗濯物や布団の干してある家に入るだろうか?
さらに、犯人の心理とすれば殺害後、一刻も早く部屋から飛び出したいはずなのに、室内を歩いたり台所で手を洗ったり信じられないほどの、余裕をみせているのも犯人像を絞るうえで大きな謎となっていた。

【悟子さん】
二本松市出身で高校卒業後、福島市松川町の会社に入社。悟子さんが入社して2年後に夫が入社、事件の10年ほど前に恋愛結婚した。
育児が忙しくなった1974年に退社。第1子を死産させた後、長男と長女をもうけただけに、二人に対しては対しては大変なかわいがりようで、24日に開かれる小学校の運動会での長男の活躍を楽しみにしていたという。
去る2月に夫の勤める会社が倒産、夫は職探しをしながら債務整理のため同社に通勤。4月からは悟子さんがボタン付けの内職で家計を助けており、近所でも「しっかり者」で通っていた。

【愛娘】
捜査員も目をそむけるような残忍な悟子さん殺しの第一発見者は5歳の長女だった。5月21日午後2時前、通園している幼稚園から帰宅。変わり果てた母親の姿を発見した。10分くらいその場にいたらしいが、幼な心にも「お巡りさんに知らせなきゃ」の気持ちが働いたのだろう、けなげにも子供用の自転車を持ち出し、近くで農作業をしていた男性に「おじちゃん、おかあさんか死んでる!」と叫んだという。びっくりした男性はすぐに現場に駆け込んだが、居間は血の海で悟子さんもすでに絶命していた。
長女は21日夜は自宅近くの父親の実家に身を寄せた。昼の疲れからか午後5時前にはぐっすり寝込んでしまったという。

【事件現場】
福島市中心部から約15キロ離れた安達町と隣接する農村地帯。4号国道から西へ約1キロ入ったところで周囲は桑畑に囲まれている。
家は夫が悟子さんとの結婚の際に建てた木造平屋建て。
隣家とは約100メートル離れており家の前を東西に市道が走っているが、人通りも少ない。

【難事件の様相、そして…】
一連の捜査で悟子さんが恨まれる理由などがいっこうに見当たらず犯行動機は不明のまま。警察の幹部の中には物盗りを主張する人もおり、難事件の様相をみせていた。
証明資料は数多くあるものの、肝心の容疑者を絞るまでには至らず捜査は難航を極め、事件から5年後の1986年5月に捜査本部は解散。その後も専従捜査員が事件解決に全力を尽くしていた。
そして、未解決のまま丸15年が過ぎ、1996年5月21日午前0時で時効が成立した。


考察No.78


内部犯行説


舞ちゃん失踪から十数年後、事件への関与を疑われていたことについて取材を受けたKは

「俺は素直に警察の捜査に協力してきた。納得できないのはわかるけど、俺は自分の身の潔白は、証明できたと思っている」

と語っていた。


また、犯人像についても言及

「外部の人間が舞ちゃんをさらえるはずがない。もっと家の中を調べてほしい」

と言外に“内部犯行説”を匂わす発言をしていた。


考察No.77



舞ちゃん失踪からおよそ9年後、福島県郡山市にて女性が何者かに殺害遺棄される事件が発生している

  • 被害者は、山岸亜世美さん(17歳)。この事件と舞ちゃん失踪事件の関係性は全くないが、同じ福島県中通り地方の未解決事件ということで紹介することにします。




2000年4月3日午後4時ごろ、福島県郡山市逢瀬町多田野の大久保川で、首と両手足をひもなどで縛られて死んでいる女性の遺体が渓流釣りにきた男性によって発見された。
川幅は約5メートルで水深は約40センチほどで水量は少なく、遺体が上流から流れてきた可能性は低いことから発見場所で遺棄されたものとみられた。
現場は郡山市中心部から西の猪苗代湖に向かう途中の山間地。市道の行き止まり付近で、周辺に民家は少なく、若いカップルが乗った車が夜に入り込んだりする場所であった。
1月中旬まではこの場所へも車が入れたが、2月上旬の大雪で通行が出来なくなり3月下旬ごろまでは通れなくなっていた。発見2日前に渓流釣りが解禁されてイワナを釣る人たちが入ったことで発見につながったと見られる。
郡山署の捜査本部の調べで、女性は郡山市大槻町のアルバイト山岸亜世美さん(17歳)と分かった。
遺体は前頭部に鈍器で殴られたような挫裂創があり、体の数ヶ所を殴られるなど暴行を受けたあとがあった。
司法解剖した結果、死因は首をひもで絞められたことによる窒息死の疑いで、死後約2ヶ月経過していると判明した。

【謎の車】
山岸さんは1月18日午後5時すぎ、家族に「ちょっと出かけてくる」と言い残して自宅を出たまま、連絡がつかなくなった。
その後帰宅しないため家族が7日後の1月25日に郡山署に家出人捜索願を出した。
家族は山岸さんが家を出た後、車の走り去る音を聞いたが、誰と出かけたか分からなかったという。
捜査本部は車を運転していた人物が何らかの事情を知っている可能性もあるとみて、人物と車の特定に全力を挙げた。
山岸さんが出かける前後に、山岸さんと出会ったという知人や、その前後に電話で話したという友人はいたが、2ヶ月以上も前の話に記憶もあいまいな点が多かった。友人に「知人男性と会う」と話していたという情報もあった。

【携帯電話】
山岸さんの携帯電話は山岸さんが自宅を出た翌日の1月19日、山岸さんがアルバイトしているスナック近くの郡山市片平町の逢瀬川の橋の上で見つかった。
通り掛かった中学生が見つけ、登録してあった番号から山岸さんの友人に連絡して、家族のもとに戻した。
携帯電話を調べると18日夜以降の通話記録はなかった。家族は山岸さんからの連絡を待ったが、電話はかかってこなかった。
携帯電話は山岸さんが未成年のため、知人男性が保証人になっていた。

【結束バンド】
山岸さんは服を着て厚底ブーツをはいたまま、首に幾重にもひもが巻かれ、手足はコードを束ねる時などに使う「結束バンド」と言われる特殊な帯で結ばれていた。
捜査本部は、この結束バンドに注目し、製造元や販売ルートの解明に努めたが、犯人の絞り込みにつながるような結果は出なかった。

【遺棄現場】
山岸さんが遺棄されていた沢は市街地から約15キロ離れた山中で林道の行き止まり近く。
冬場には雪が積もり、2月初旬以降から容易には立ち入れない状況だった。

【トラブル】
山岸さんは行方不明になる前に知人らに「10万円をカンパしなければならない」、「これから仕事に行く」などと話していた。
また、行方不明になる数ヶ月前には自宅に無言電話や男の声で山岸さんを中傷する電話もあった。

【犯人像】
山岸さんの遺体の衣服から財布が見つかり、中の現金に手を付けられた形跡がなく、金目当ての犯行の可能性は低い。
両手足をひもで縛るなどの行為から行きずりの犯行の線も薄い。
遺体は市街地から約15キロ西の御霊櫃峠入り口から北に入り、林道の行き止まりの沢に遺棄されていた。一般には分かりにくい場所で、現場周辺の地理に詳しい者の犯行との見方も出ている。
山岸さんは両手足を結束バンドで縛られ、首に幾重にもひもが巻き付けられていた。こうした状況から複数犯の可能性もあるとみられる。
山岸さんの前頭部は鈍器がぶつかってできたような傷で、殴られたものか、沢の岩などにぶつかったかなど、傷の原因は分かっていない。
犯人は顔見知りの犯行によるものとの見方もあるが、なぜ執拗に縛っていたのか、一人で遺棄できたかなど不可解な点も多い。 

【足取り】
司法解剖の結果、死後約2ヶ月経過していることが分かり、行方不明になってからしばらくは生存していたことも考えられる。
体内から少量のアルコールが検出されており、酒を飲んだ場所やだれと飲んだかなど、山岸さんの足取りを解明する重要な手掛りとみられていた。

【山岸さん】
山岸亜世美
山岸亜世美(やまぎしあせみ)17歳
山岸さんは人懐っこく中学時代は明るい性格で友達も多かった。ソフトボール部に所属し、レギュラーとして活躍していた。
卒業後は郡山市内の専門学校に入学。三年間で商業高校で教えるカリキュラムを学ぶ高等課程コースだったが、入学から2ヶ月半後に「働きたい」として自首退学。専門学校中退後は人材派遣会社に登録して、接客するコンパニオンのアルバイトをしていた。
知人らによると行方不明になる前年の秋ごろから年上の男性と交際していたという。
山岸さんは外出時にはスカートをはいていたが、発見されたときには青色のジャンパーに水色のズボンを身につけ、厚底ブーツを履いていた。

【事件前日】
山岸さんは行方が分からなくなる直前の1月17日から18日未明にかけて、中学校時代の同級生ら3人とJR郡山駅前で飲食とカラオケを楽しんだ。その後、タクシーに相乗りしてそれぞれ自宅に帰った。
その3日前の1月15日にも、同じメンバー3人と郡山市内のカラオケ店でカラオケを楽しんでいた。
タクシーで乗り付けて羽振りが良かったという印象を周りに与えている。
一緒だった同級生によると、当時、山岸さんに変わった様子はなく「事件に巻き込まれるなんて信じられない」と驚きを隠せない様子だった。

【捜査】
交友関係などでトラブルがなかったかも調べられたが、山岸さんの広い交友関係で犯行可能性のある対象者が広がり、県外までに及ぶ交友関係者の数は捜査が進むにつれて膨れ上がった。
仕事柄というのもあるが、年齢の割に携帯の電話番号登録数も300件以上と多く、そのほとんどが匿名だったことも交友関係の捜査を難しくさせた。